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2010年11月28日

草奔崛起

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昨日、二年ぶりに靖国神社に参拝した。

晩秋なので桜の紅葉や銀杏並木の黄葉が美しく、境内の参詣路ではフリーマーケットが開催されていて、なんとも平和的な光景であった。

土曜日だったからなのか参詣者が多く、老若男女、世代や性別を問わず訪れる人が絶えなかった。
東京出張のついでに訪れたらしい、キャリーバックを持ったスーツ姿の人も多かった。


靖国神社境内には「遊就館(ゆうしゅうかん)」と呼ばれる史料館がある。

■靖国神社 遊就館
http://www.yasukuni.jp/~yusyukan/

yasukuni2.gif

この遊就館も、靖国神社と同様に歴史が古いもので、明治15年に開館した。
靖国神社に祀られている英霊の遺書、遺品のほか、日本創世記から近代までの歴史を知ることができる豊富な資料の展示、ビデオ上映を行っている。

靖国神社は明治維新に関与した人たちを戦没者として霊を慰めるために創建した東京招魂社がはじまりで、坂本龍馬や西郷隆盛、吉田松陰といった維新の立役者も合祀されている。

従って、特に明治維新から近代国家を創建して日露戦争、日清戦争、第一次世界大戦と第二次世界大戦、支那事変から大東亜戦争、シベリア抑留、戦後に至るまでの歴史を正しく知ることができる貴重な機関としての役割を担っている。

なぜならば、大東亜戦争の敗戦後、GHQにより占領統治されてから現代に至るまで、ことごとく自虐史観を植え付るために歪められた教育がなされてきたからである。

敗戦後、日本を統治したGHQは日本が再び米国の脅威とならないようにするために単に再軍備をさせないだけでなく、日本国民の精神にまで入り込んで洗脳してきた。つまり、「日本は過去、諸外国に対して悪いことをした」と頭に植え付けるための戦勝国による一方的な戦犯裁判「極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)」にはじまり、軍備は自衛権のみを有し、非核三原則を取り入れた憲法制定、これに乗じた日教組や北教組といった反日教育機関により自虐史観を植え付ける教育が現在にいたるまで継続されてきた。

義務教育過程における歴史教育においては、年表に沿って「何年に何が起きたか」ということくらいしか知らされない。さらに、その史実においては歪められた論理誘導により、判断力が十分ではない幼い子供を洗脳させている。酷い学校では日本人でありながら国歌「君が代」や日章旗を否定する教育者も存在している。

遊就館は、こうした長年の洗脳教育により歪められた歴史を覆し、正しく史実を知るための重要な機関である。

いわば「教科書が教えない歴史」を教えてくれる教育施設である。

なぜ、明治維新の立役者は行動したのか。
なぜ、400年以上も続いた武家の時代を捨て、王政復古を成し遂げたのか。
なぜ、鎖国から開国へと動いたのか。
なぜ、日露戦争、日清戦争は起こったのか。
なぜ、満州国は建国されたのか。
なぜ、支那事変、大東亜戦争は起こったのか。

すべて時系列で知ることができる。
じっくりと拝観するには5時間以上はかかるほどの充実した資料だ。

ソ連が戦争終結後に北方領土に侵攻し、これが北方領土問題につながったことは知られているが、詳細にはポツダム宣言を受諾し終戦となった3日後の昭和20年8月18日、北海道の東北に連なる千島列島の最北端にある占守島にソ連軍が侵攻、終戦後であったにも関わらず日本軍は戦わざるを得なくなったこと。結果としてソ連による北方領土南下を遅らせることになり、北海道占領計画が阻止されたことも初めて知った。
もし、このときに占守島が占拠されていたら、留萌と釧路を境にして北海道北部はソ連により占領されていたかも知れないということも初めて知った。これらは義務教育時には教わってこなかったことである。


大東亜戦争敗戦後の東京裁判においては戦勝国による復讐の儀式としての戦犯がつくられたが、この裁判の裁判官で、唯一厳格に国際法に基づく判決書を書いたインド代表のラーダービノード・パール判事は、2年以上におよぶ調査と証拠の収集と分析の結果、日本国及び全被告に対して無罪の判決を下し、東京裁判そのものが無効であると宣言、当時における日本とアジアをとりまく状況を見れば、欧米諸国こそがアジアを侵略した張本人であると断罪している。

しかし、多数派判事は国際法を無視して全員有罪の判決を下した。これがA級戦犯の由来である。

また、合祀されている戦没者たる英霊たちは「靖国で会おう」との合い言葉のもと、散って行った。
靖国神社、そして全国に建立する護国神社は日本人の心のよりどころであり、代々受け継がれてきた精神である。

こうした史実を鑑みれば、現政権政党が掲げている、靖国神社に合祀されている戦没者を祀る追悼施設を別に建造するという案がいかにバカげたことかがよくわかる。

中国共産党がA級戦犯が合祀されているからとして靖国神社に政治家が参拝することを抗議することは内政干渉であり、到底受け入れることができないことだということもわかる。


遊就館の出口付近には、来館者が書き込むノートが何冊も置かれている。
その書き込みが、遊就館の公式サイトに掲載されている。

■遊就館 拝館者の声
http://www.yasukuni.jp/~yusyukan/voice/voice.php

そこには中学生や大学生から社会人、定年を迎えた人など戦争を知らない人から、戦時を知る人まで、いかに日本という国が大勢の人によって命を賭けて守られてきたか、そして現代に生きる我々が、その礎の上に立っているかを知るとともに、現在の日本の状況を国難と感じて憂い、いかに生きていけばいいかを模索する心情を明かしている。



靖国神社の参詣者は遊就館にも訪れる。
私が拝観した当日は学生グループも多く、日本の歴史を正しく知りたいと考えて訪れる人が増えていることは喜ばしいことだ。

それは昨今の中国による尖閣諸島侵略、北方領土へのロシア大統領上陸、北朝鮮と韓国の紛争など、日本周辺に起こっていることと関係ないとは言い切れないだろう。

現代は明確に国難のときである。単に周辺諸国との問題だけでなく、国内の経済、政治、人間ひとりひとりの心情にまで浸透した閉塞感を打破するときである。

明治維新の立役者たちを指導し、精神の支柱となった吉田松陰はこう言った。

「かくすれば かくなるものと 知りながらやむにやまれぬ大和魂」

こういうことをすれば、こうなると結果はわかっているが、やらずにはいられないのが日本人だという心情を、安政の大獄のときに述べたものだ。

現代人に生きる我々は、過去に学び、リスクを可能な限り排しながら事を成していくことに長けている。
しかし、命を賭けて事を成すべきときが来たならば、覚悟を決めて事を成すのが大和魂だ。

現代においては、YouTubeで中国漁船の衝突映像を全世界に公開した、憂国の士と呼ばれるsengoku38氏がこの心情だったのかも知れない。


草奔崛起(そうもうくっき)という言葉も、吉田松陰が唱えた言葉だ。

これは、「志をもつ在野にいる人間が世の中の危機に際して時代を拓くため、一斉に立ちあがれ」という維新への呼びかけだ。


草奔崛起の時は来た。


坂本龍馬像 土佐桂浜

世の人は 我を何とも言わば言え 我が成す事は我のみぞ知る
 
 





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posted by しん at 16:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 はてなブックマーク - 草奔崛起
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